無口な子猫とおしゃべりな悪魔の冒頭です。まったりです。



王都はいつ来ても賑やかだ。いろんな人がいるし、店も多い。

この世界にはいろんな種類の人が溢れていて、ラーナルはネコの耳と尻尾を持っている。隣を歩いてる父も同じだ。

普段は王都から離れた小さい街にいるラーナルだけど、週に何度か仕入れの為に父と一緒に王都に来ている。父は鍛冶屋をしていて、今日は王宮に納品しにいく所だ。街から王都までは馬車で通える距離だからついてきた。

ラーナルは子供達の中で最年少で、父の背中を見ながら、これからどうしようかを考えている。

鍛冶屋になろうかなと思ったけど細身で筋肉のつきづらいラーナルには向かないと、家族全員の尻尾が垂れた。自覚はあるから違う職を探している所だ。
兄達は十六歳になって直ぐに働きはじめたから見習いたい。ついこの間、ラーナルも十六歳になったのだから。ちなみに、この辺りの成人は十八歳で、飲酒も結婚も成人してからだ。
人混みの中でうーんと考えつつ、周りをみて軽く尻尾を振る。
ざわざわしているのが楽しい。父も同じみたいで尻尾が軽く揺れている。

「見てくるといい。夕暮れに帰る」

あちこち見ていたら父が苦笑して頭の上にぽん、と手を置いて、お小遣いまでくれた。夕方まで自由に遊んでいいと言ってくれたのだ。
嬉しくて尻尾を振れば父が頷いて街の奥に消えていった。折角だからラーナルの仕事にできそうなことを見つけようか。
幸い手先は器用だし、家には道具も揃ってるから何か作る仕事がいい。作る仕事だったら家族全員と同じだし、喋らなくてすむ。

喋るのは苦手、と言うか面倒くさい。
できれば口を開きたくない。頑張れば普通に喋れるけど、疲れる。そんなラーナルだからあんまり喋らないですむ仕事がいい。何せ両親も兄弟も全員が同じ考えを持っているから、ラーナルだって同じだ。

三角の耳をぴくりと動かして、尻尾を軽く動かせば家族間での意思疎通はだいたい完璧で、とても楽だ。
やる気がないと言われても、それは喋ることに関してだけだ。何かを作るのは好きだし、身体を動かすのも好き。
でも、喋るのは面倒くさい。ただそれだけ。


無口な子猫とおしゃべりな悪魔



ご機嫌にふさふさの尻尾を軽く揺らしながらラーナルが辿り着いた、迷い込んだのは王都の商店街、の、裏通りだった。王都だけあって少しくらい裏に入っても人は少ししか減らないし、店もぎっしりだ。
大通りに大きな店が並んで、裏通りには小さな店がみしっと詰まるらしい。
一件一件を楽しく覗きながら、ふと足を止めたのは裏通りの中心近くにある店の前だ。
何で足を止めたかと言えば、焦げた匂いがするからで。
もったいないなあ。花密の飴なのに。ラーナルだったら美味しく作るのに。

何となく気になって店の看板を見れば雑貨屋、になっていて、覗いてみれば大小の、ラーナルには分からない商品がごちゃごちゃになって店中に置かれていた。
整理整頓と言う言葉が逃げ出しそうだ。
そんな店の奥の、暖炉の前で誰かがしゃがみながら頭を抱えている。どうやら暖炉で焦がしたみたいだ。

「あーもうまた文句言われるぞこれ。俺には無理だって言ってんのに聞かねぇし。つーか、何でちゃんと混ぜてんのに焦げるんだよこれ。そもそも花を煮詰めて蜜で飴って変じゃねーのかおかしいだろ」
良く喋る人だ。あんまりにも滑らかに言葉が出てくるから思わずじいっと見てしまった。
ラーナルには絶対無理だ。
まじまじと暖炉の前で頭を抱える人を見ていたら振り向かれた。これだけじっと見ていれば当たり前か。

「ん?なんか用か?残念だけど花蜜の飴ならたった今焦がしたから駄目だぞ。ん?お前ネコか。灰色ってあんま見ないな、可愛いな~。ちょっと寄ってけよ。ついでに何かあったら買ってってくれな」

本当によく喋る人だ。ラーナルを見つけて笑顔になって、立ち上がった雑貨屋の人は大きかった。
父より大きくて、長い黒髪をゆるく結んでいる。
全体的に恰好良いお兄さんだけど、種類の違う人だ。ラーナルみたいに見て直ぐ分かる種類もいれば、そうでない人もいる。
この人は。

「ああ、俺は悪魔のレブマな。ヨロシク。さ、入った入った、その辺に椅子が、ああ、埋もれてやがる。えーっと、これでよし。ほらほら座って座って」

お兄さん、悪魔のレブマは店の商品だと思われる品々をぽいぽいと退けて、下から小さな丸椅子を発掘して勧めてくれた。いいのだろうか、椅子も売り物っぽいのに。
迷っていたらレブマが店の入り口まで来て、ラーナルの手を掴んでしまう。

「今さ、丁度一人で暇だったんだよ。いや、飴煮てたから暇じゃないけど、失敗したから暇ってことで。珈琲でいいか?お前の色綺麗だな~。耳も尻尾も髪も灰色から黒にグラデーションしてんのか。どうなってんだ?自然に生えてこれになるのか?なあなあ尻尾ちょっと触っていい?俺このふわふわに触るの好きなんだよ」

喋りまくりだ。そんなに喋って疲れないのだろうか。
この短い間で既にラーナルの十日分は喋ってそうだ。

関心しつつも椅子まで手を引かれて案内されたから、そのまま座って珈琲を入れるレブマを観察してみる。珈琲も暖炉でつくる様で、と思ったら暖炉に小さな鍋を置いて、なのに、魔法で暖めた。

魔法は便利な力で、でもこれを使えるのは天使や悪魔、それに精霊等の種類の人達だけだ。
ラーナルは猫だから使えないし、そもそも使える種類の人はあまりいない。
滅多に見ない魔法を見られてラッキーだ。
自然と尻尾が揺ればカップを差し出してくれたレブマが嬉しそうに揺れる尻尾を見ている。
そう言えば。

「触っていいよ」

触りたいと言っていた。
はい、と尻尾の先をくるりとレブマの方に動かせばさわさわと弄られた。ちょっとくすぐったいけど、優しい触り方だ。
座っているラーナルの後ろにしゃがみ込んで、すごく嬉しそう。

「いいなあ尻尾。俺、悪魔じゃなくて猫とか犬が良かったよ。尻尾の先っちょが黒なんだな。かーわいー。そう言えば店に用だったのか?見てただろ?」

うん、見てた。
折角の花蜜の飴を盛大に焦がしていたから。と言葉にするのも面倒だけど、尻尾はレブマが弄っていて動かせないし、家族以外には喋らないと通じない。

「飴、焦がしてた。勿体ない。オレだったら、上手く作るのにって、見てた」

重々しく唇を動かして、面倒だけど声を出す。
どうしても面倒だから言葉が少なくなるけど、意味は通じるはず。
はじめて声を出したラーナルに、レブマがちょっと驚いた顔になってから、少し考えて。

「まじで作れんの?だったらすげー嬉しんだけど、ちょっとやってみねえ?花は山ほどあるし俺がやっても失敗だし、上手く作れるんだったらむしろお願いしたい気持ちだし。あ、でも時間かかるから今すぐには無理か」

花蜜の飴を作るのが苦手みたいだ。ちょっと喋っただけのラーナルに作ってほしいなんて。

花蜜の飴は魔法で作った特殊な花を専用の小さな鍋にありったけの甘い物を入れて煮て作る物だ。
レブマの言うとおり時間はかかるけど。

「時間、かからないよ。一時間くらい。作っていいの?」

ラーナルの器用な手先はこの手の物にも発揮される。専用の鍋にはあらかじめ魔法がかかっていて、上手く利用すれば短時間で完成する。
でも花蜜の飴は高価だし、普通は見知らぬ他人になんか特殊な花も鍋も触らせない。

「マジでか!やった!俺ラッキー!どうせ失敗するんだ、花も鍋も好きにしてくれていいし、本当に一時間でできるんならお手伝い料じゃないけど飴代の六割を渡すよ。それくらい難しいんだぞ」

難しいのは知ってる。こっくりと頷いて、喋るのは面倒だからレブマの手からやっと逃げられた尻尾を振って暖炉の前にしゃがむ。

鍋は失敗しても魔法があるから綺麗なままで、中身だけが空になっている。近くにあったラーナルには大きい鍋掴みで鍋を持ち上げて。
「花、ちょうだい」
「お、おう。ちょっと待ってろ。花は俺が作ってんだ」

唐突に作る動作になったラーナルに驚きながらもレブマは素直に花をくれる。
魔法で作る花だけど、元は生花だ。それに魔法をかけて花蜜の飴用にする。
店の奥から袋に入った生花を持ってきたレブマがそのままの状態で魔法を使う。
ほわりとレブマの内から力が溢れて、花に移り、色とりどりの花がうっすらと光る。
袋ごと受けとって、鍋に入れるけど、材料が足りない。

「砂糖七種類、蜂蜜五種類、果物の汁を・・・」

材料を要求すればレブマが固まってしまった。驚いた顔と身体の固まり具合から見て想像する。
そうか、材料が足りないのに作ってたのか。

「ありったけの、甘いの、もってきて」

じゃあしょうがない。あり合わせで何とかするかない。本当は種類と質に拘りたいけど、そもそもここはレブマの店だ。尻尾で床をぱたぱた叩きながら要求すれば、はっとしたレブマが慌てて店の奥からも、店の商品からもいろいろと持って来てくれる。
使えるのは半分くらいだけど、何とかなりそうだ。

「作るよ」

暖炉の火は弱いけど強さは関係ない。
専用の、ラーナルの両手くらいの大きさの鍋の取っ手を片手で持って、もう片手で淡く光る花をひとつかみ。種類は何でもいい。鍋に放り込んで、ゆっくり揺らして材料である普通の砂糖を入れて。

「すげえ。花蜜の飴ってそうやって作るのか。お前、すげえな、器用って言うのか。でも細い腕なのに力もあるんだなあ。ずっと鍋揺らしてないと駄目なのか。なあ、材料って砂糖以外にも必要なのか?砂糖いがいにもすげーいろいろ入れてるんだけど」

コツは決して鍋を揺らす手を止めないこと。入れる花と材料の比率を見誤らないこと。
この飴は正式な分量がないので有名で、作る人の腕で味が決まる。
ゆらゆらと、鍋を揺らしながら魔法でもって花が柔らかく溶けて甘い材料に色づいていく。作っているラーナルも不思議だなと思うけど、後ろから覗き込んでいるレブマはもっと不思議そうだ。

「材料は、多ければいい訳じゃないよ。後で、材料を書く」

口で説明するのはあまりにも面倒だし大変だからちらりとレブマを見上げて邪魔をするなと目で伝える。
鍋の揺らし具合も大切なのだから。

そうして、鍋をゆらゆらすること一時間。
小さな鍋から焦げた匂いはもちろんない。

あるのは花の色をそのまま写し取った色とりどりに淡く光る飴の元ができあがった。
不思議なもので、この色とりどりの淡く光液体は箱に流すと直ぐに固まる。

「すげー!本当に一時間でできた上に綺麗だし!俺、はじめて見たぞこんな綺麗な色。淡く光る花蜜の飴なんて最高級品じゃねーか!」
「箱、ちょうだい」
「お、おう忘れてた。ええと、ほれ、これだ」

綺麗だと褒められるのは嬉しいけど、一時間もゆらゆらしていてラーナルの腕は既に疲れ果てている。
騒ぐレブマを尻尾で軽く叩けば急いで箱を用意してくるから、さっさと流して休むに限る。
箱は専用じゃなくて、何でもいい。木の箱を用意してもらったから、高い位置からとろりとろりと淡く光る不思議色の液体を流し入れる。これで終わりだ。

「すげえ・・・飴になっても色が変わんねぇ。お前、実は凄腕?」

違う。ただ作るのが好きなだけだ。
首を横に振って、疲れたから丸椅子に座ればレブマが新しい珈琲を入れてくれた。

「見学と、仕事探してみようと、来てるだけ。父さん、王宮に納品してる」

はあ、と腕の疲れとラーナルにしては沢山喋っているから口も疲れて珈琲を遠慮なく啜る。
レブマはラーナルの喋り方に小さく笑って、正面にどこかから椅子を持ってくるとちんまりと座った。レブマは大きい人だから小さな椅子だと居づらそうだ。

「えーと、お前の父親が王宮に納品しに行くから一緒に来たってことか。仕事探してんの?いや、その前に名前と年教えて。俺はもう知ってるよな」
「知ってる。レブマ。オレはラーナル。十六歳」
「ふんふん。あ、そうだ俺は二十七歳な。若く見えるって言われるけど。ん?変な顔すんなよ軽いジョークだろ。悪かったよ尻尾で椅子叩くなって。えーと、ラーナルは成人前なんだな。働きたいのか?まあ十六歳だったら働いてるヤツも多いもんな」

働きたいと言うかラーナルにできることを探している、の方が近いと思う。
何かを作る仕事をしたくて、王都なら沢山の人がいるからヒントを貰えると思ったのだ・・・のだけれども、これを言葉で説明するのは面倒過ぎる。

さてどうしよう。
耳をぴくりと動かして考えればレブマが面白いものを見るみたいにラーナルを観察している。
「ラーナルな。面白いなあ。なあ、働きたいなら俺の店なんかどお?花蜜の飴作ってくれればめちゃくちゃ嬉しいし、もちろん給料もはずめるし。ラーナルの家はどこだ?」
「馬車で一時間」
「って事はあそこの街か。結構近いな。じゃあ暫くは通って様子みてみるのはどうだ?時間は朝からじゃなくてもいいしむしろ朝は俺が駄目か。うーん、そうだなあ、父親が一緒なら俺から話もするし、どお?」

この店で、働く・・・。花蜜の飴を作る用にだろうか。飴を作るのは嫌いじゃないけど、ラーナルとしてはもっといろいろ作りたい。

「オレ、もっと作りたい。いろいろ、作る人に、なりたい」
「へえ、いいなそれ。店は狭いけど、ラーナルが来てくれるんならちょっと片付けて作業台つけるぜ。あと、俺は知っての通り魔法使えるからいろいろ作れるんじゃないかって思うんだけど」

それは魅力的な申し出だ。就職先を探しにきた訳ではないけど、ひょんなことから中々に良い条件を貰えたと思う。
店は確かに狭いけど、広さは気にしていないし、ラーナルでも何かを作り出して、それで誰かが喜んでくれるなら、嬉しい。

「・・・レブマ、雇ってくれる?」
「もっちろん!むしろお願いします!じゃあ珈琲飲んだら王宮の方に行こう。父親がいるんだろ。話したいし、ラーナルの雇い主として挨拶もしたいし」
「父さん、夕方待ち合わせ。馬車で」
「え?そうなのか。じゃあ飯でも食うか。昼飯食ってないなら一緒に行こうぜ。それから市場も見に行こうか。王都ははじめてじゃないだろうけど、俺はここに住んで長いからいろいろ知ってるぞ。いいか?」

ぱあっとレブマの笑顔が輝いて、とても嬉しそうにしてる。
ラーナルがこの店で働くのがそんなに嬉しいのだろうか。まだ出会って少ししか経ってないけど、分かりやすく嬉しそうにしてくれるとラーナルとしても嬉しい。こっくりと頷いて尻尾がご機嫌に揺れた。

それにしてもレブマはよく喋る人だ。
言葉が滑らかで沢山喋るのに声は綺麗なままで、なのに聞いていて飽きない。
ラーナルとは正反対の人だ。

雑貨屋を休憩にして、昼食を食べて市場に寄って。
ずっとずっと、レブマが喋りっぱなしで聞いているだけのラーナルの方が疲れそうだった。

「ラーナルは無口だなあ。耳と尻尾があるから分かりやすいけど。そう言えば手入れはしなくていいのか?それがあると一日四回ブラッシングだったよな」
「三回。もう少ししたら、する」
「じゃあ俺に手伝わせてくれ。もちろんラーナルが嫌じゃなかったらで。香油のいいのが店にあるんだ。飴のお礼に料金とは別に俺のプレゼントってことで」
「お願いしていい?オレ、くすぐったくない」
「やった。くすぐったがりの奴は触るのも駄目だもんな。まあ身体の一部だから当然だろうけど。サンキュな。いやあ今日はいい日だ」

耳と尻尾のある人達は一日三回のブラッシングが必要で、ラーナルもマメにブラッシングしている。そうしないと直ぐに毛艶が悪くなったり毛が絡まったりして不潔に見えるのだ。
レブマは耳と尻尾が好きみたいで、特に拘りのないラーナルは有り難くブラッシングまでしてもらった。
良い匂いの香油まで塗って貰えてむしろラーナルの方がラッキーだと思う。

思わぬ形で働き先も見つかって、雇い主のレブマは沢山喋る面白い人で、いろいろ作っても良いなんて。
レブマみたいに声に出しては言わないけど、ご機嫌なのはラーナルも一緒だ。その証拠に尻尾はずっとご機嫌に揺れ続けているのだから。

そうして、夕暮れ前まで一緒に市場を見て、馬車乗り場でレブマが父にいろいろと説明してくれた。

「そうか。ありがとう、レブマ。幼い子だが、役に立つなら嬉しい。宜しく頼む。ラーナル、良かったな」

無口な父が沢山喋って、レブマの店を聞くと知っていたみたいで明日から頑張るんだぞと尻尾で背中を叩かれた。
たった一日でいろいろ決まって、少し夢かもしれないって思ったけど翌朝に父に起こされて夢じゃないと言って貰えた。ちゃんと言葉で。
レブマからも魔法で契約書と、店までの地図が夜に届いていた。レブマも父の店を知っていたみたいだ。

ラーナルの手で何を作れるのか、まだ分からないけど雇って貰えたのだから頑張ろうと思う。
あのお喋りな悪魔と一緒に。




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